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名馬・磨墨

SURUSUMI

するすみ

明宝のシンボル『磨墨』

道の駅明宝の真ん中に鎮座するのは名馬・磨墨(するすみ)の騎馬像・梶原源太景季(かじわらげんたかげすえ)像です。道の駅明宝 磨墨の里公園の『磨墨の里』とはこの馬の里であることを指しています。伝承によると今からおよそ八百年前、明宝気良小倉という小さな在所に、源頼朝公の家臣・和田義茂の血族の者か?和田という名字の者が住み着き、馬を沢山飼って牧場を持っていました。和田家にはとても大きな黒い馬がおり名前を磨墨と言いました。その名のとおり黒く精悍な容姿で、磨墨は毎朝自分で厩栓棒を外し気良最奥の巣河(すごう)に向かって走り、ほろほろ草、ささ草も言われる霊草を食み、大滝の奥の乳白色の霊泉を飲み、形質ともに類のない駿馬になった。そんなことが源頼朝公の耳に入り、磨墨は将軍のお召馬として献上されました。源頼朝公から磨墨を拝領した梶原源太景季は、歴史に名だたる宇治川の先陣争いで名を馳せ、幾多の戦いで活躍したとされます。その後、磨墨は尾州羽黒(現在の犬山市)で没したと言われており、その英霊は梶原家の菩提寺興禅寺に手厚く祀られています。磨墨の産地とされる明宝ではその魂を英霊として祀り、幾多の顕彰活動が行われています。

【参考文献-名馬磨墨顕彰会・磨墨太鼓保存会 設立三十周年記念誌  発行人:名馬磨墨顕彰会 久後稔 ・ 磨墨太鼓保存会 和田正人】

磨墨の里・明宝

名馬磨墨像

道の駅明宝の真ん中に鎮座し、この地を訪れる人を迎えるのは名馬・磨墨(するすみ)の騎馬像・梶原源太景季(かじわらげんたかげすえ)像のブロンズ像です。

磨墨生誕の地
​名馬磨墨 生誕の地公園

道の駅明宝から約15分、明宝気良の小倉という地域に磨墨生誕地公園があります。この公園には磨墨生誕の地の石碑があり、現在でも毎年『磨墨生誕祭』の神事が行われ磨墨の英霊を祀っています。

春駒の石碑

道の駅明宝の敷地内南側(磨墨の里公園入口付近)に春駒の歌詞の石碑があります。郡上踊りの春駒という曲があるのですが、冒頭に『郡上は馬どこあの磨墨の名馬だしたも気良の里』という一節があります。ちなみにこの石碑の文字を書いた元・岐阜県知事・梶原拓氏は、磨墨に乗っていた梶原源太景季のご子孫とのことです。

磨墨太鼓保存会

昭和62年に設立された有志の太鼓団体です。小学生から大人まで総勢約30人ほどが在籍し、日々稽古をしています。過去には愛・地球博の岐阜の日や、国民文化祭での出演経歴があります。毎年、お盆頃に道の駅で行われる『めいほう夏祭り』では、彼らの熱のこもった太鼓演奏が目玉となっています。

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